スタッフブログ始めました〜e-Bikeを始めたキッカケ①〜

京都海道・合同会社海の京都e-Bikes代表の増田です。

我らが京都府含む全国各地での緊急事態宣言が延長になりました。

私どもも営業は続けておりますが、非常に厳しい日々です。塞がっていても仕方ないので、せっかくなので日々できないことを今のうちにやっておこうと思います。

e-Bikeの雑学や地域の小ネタ、雑感など役に立つものも立たないものも色々書きたいと思います。

丹後に出会って3年、e-Bikeに出会って2年半

e-Bikeって、丹後ってホント面白いですね。e-Bikeで丹後半島を走り始めてから2年半、何千キロ走ったか分かりませんが、毎日感動してます。

今日も海がヤバいくらい綺麗で、「ついに丹後の本気モード来たな〜でもこっから夏入ってこれ以上綺麗になるんだもんな〜」って思いながら、止まって野イチゴ摘んだり、猿眺めたり、花をアプリで調べたり。e-Bikeの整備やカスタムもだいぶできるようになって、どんどんe-Bikeと丹後にハマっていく。

丹後に来たのは、3年前の2019年7月でした。

そのちょっと前に友人の結婚式で伊根によばれて、その美しさ、独特の雰囲気に感動して、東京で仕事しててもずっと引っ張られて。そしてビジネス的にもものすごいポテンシャルを感じたから、決意して仕事をやめて移り住みました(元々の職が転勤族で、携帯の電波すらない地域も回ってたというのもあります)。

e-Bikeは移住前からプランとしてはあった

最初は地域おこし協力隊として伊根町観光協会で働いていました。前職の習慣もあって、面接の前から伊根町や丹後の地勢、観光の長所や問題点、プランなどを徹底的に検討してましたから、e-Bikeも当然注目していましたし、採用の課題文(伊根町の観光振興のアイデア)にも書いていました。

でも伊根に住んでから、それが所詮机上の理論だったことに気づきました。

何もかもが違かった

実際に走ってみたら、「伊根町の観光振興の一手段」なんてチッポケなモノじゃない。これは丹後の観光、いや日本中の観光や、サイクリング業界や、人々のライフスタイルそのものを根底から覆し、全く新しい世界を切り拓くイノベーションだ。そう感じました。

伊根に来て3ヶ月が経った頃、東京から大量に持ってきた荷物を断捨離してた時(退職寸前まで忙しく、荷物を整理しきれずにトラックで全部つっこんだ)、東京で乗っていた電動アシスト自転車「PAS」を売ろう、と思ってた時です。

「東京で足として使ってたから、売る前に最後に乗ってやろう」と家から観光協会まで乗ってみました。

ー 俺は3ヶ月何を見てきたんだ ー

東京で乗っていたはずなのに。3ヶ月毎日車で走っていた道なのに。

何もかもが違いました。

海、山、波の音、鳥の音、風の感触、森の匂い、揺れる木、動物、ちょうちょ、海の彼方を進む船の航跡、雲と青空。

「ヤベェ、これヤベェ」と中学生レベルのボキャブラリーで呟きながら、走りながら、笑いながら、泣いていました。いや色々疲れてたんですよ。

普通の自転車では、景色を見る余裕なんてない厳しい坂道。でもPASはグングン進んでいきます。一漕ぎする度に、見ていたのに見ていなかった世界が現れて、どこまでも行きたくなりました。

東京で走る時は、いつも車や人を気にして、信号で十字路で止まって。360度警戒しながら、かわりばえのしないコンクリートと企業宣伝ばかりで、時間に追われて。自転車は、e-Bikeは自由な乗り物じゃなかった。

この機械を、この機会を、どう使ったら良いのか

出勤して「自転車で来た」と言うと、協会の皆は「とんでもねぇな、あの坂を」「そんな無理して出勤せんでもええんやで」「お前免停食らったのか、言ってくれれば送ってやったのに」(伊根の交通カーストは舟>車>>>(超えられない壁)>>>自転車で、自転車は交通弱者の乗り物で、大の大人が乗ると免停を疑われる。あと伊根では保育園の送迎も車で、電動アシスト自転車はほとんど見たことがなかった)と驚かれました。

そして、その日はまるで仕事になりませんでした。局長すみませんでした。

「何でこんなに違うんだ」「何で誰もこれに気づいていないんだ」「これはとんでもない機械だ、これをどう使えばいいんだ」「他の地域は。海外はどうなってるんだ」「本格e-Bikeは1台30まん!?自転車に30万とかイカれてんのか」

もうショックで頭がフル回転してました。

徹底的に調べたところ、この革新性に、2018年当時の国内観光地も、国内観光事業者も、ほぼ気づいていないことが分かりました。試しに補助金でe-Bikeを入れているところはあっても、その革新性の本質を引き出していた者は、私が調べて限りいませんでした。しかし、ヨーロッパは、あの観光先進国は完全にe-Bikeを分かっていました。

そして、次の月には東京に行ってe-Bikeを4台買っていました。

家の前に並べていたところ、親切な町議員の先生に、協会の事務局長に「新しく移ってきた増田ってやつ、あいつ頭大丈夫か。変な自転車何台も並べてたぞ」と通報されました。「土日で東京に車で往復して、買って持ってきたんですよ」と言ったら局長に笑われました。

その口で「局長、地域おこし協力隊の任期は3年です。その後は自立しなくてはいけません。今の給料も正直キツいです。自腹で自転車買ってきたんで、副業として自転車ツアーやらせてください。それを協会で売らせてください。手数料払いますから」と私が続けると、局長は「何パーがいい?」と即座に聞き、私が答えると、「オッケー、じゃそれで進めといて」と一言。

2019年11月、e-Bike事業を始めたのでした。

そして、e-Bikeが、観光業が簡単なものじゃないことを知りました。

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